テクニカルノート

データリファレンスガイド PYSA装置編(理研計器)

装置編

概要

装置名

大気中光電子収量分光(PYS)

製造メーカ

理研計器株式会社

製造モデル

AC-2, AC-2S, AC-3, AC-5

対象物

半導体、金属、絶縁体、有機、高分子材料など、様々な材料に適用可能。

測定対象

固体、薄膜、粉体、液体

サンプル調整

非破壊

測定環境

大気下

測定情報

仕事関数、イオン化エネルギー

 

保有機関

機関名

機器ID

ARIM装置名

モデル

北海道大学

HK-408

大気中紫外光電子分光装置

AC-3

北陸先端科学技術大学院大学

JI-014

大気中光電子分光装置

AC-2

奈良先端科学技術大学院大学

NR-402

大気中光電子分光装置

AC-3

 

装置の目的

  光電子収量分光(Photoelectron Yield Spectroscopy,PYS)は,最先端の表面分析技術です。大気中において材料表面に紫外線を照射したときに放出される光電子を計数し、紫外線エネルギーと光電子放出数との関係から、材料科学、半導体工学、有機エレクトロニクスなどの分野でデバイスの動作解析に不可欠な材料の電子的特性や表面状態を高精度で解析することを目的としています。


  光電子の放出開始エネルギーから、エネルギーダイヤグラムの作成に必要な仕事関数や、価電子帯上端のエネルギー、すなわち、最高被占軌道(Highest Occupied Molecular Orbital, HOMO)のイオン化エネルギーを簡便に測定できます。また、光電子数のエネルギー分布の微分値よりHOMO付近の電子状態密度も測定できます。さらに、試料間の仕事関数やイオン化エネルギーの違いから表面の単分子層吸着や表面構造の微妙な変化を検出できます。そして、光電子放出数から表面に形成されたナノメートルオーダーの極薄膜の厚さを見積もることができます。

 

特徴

1. 大気中・高感度測定
  当装置は大気中に置かれた試料物質に紫外線を照射した時にその表面から放出される光電子を、オープンカウンターを用いて一つひとつ検出して計数します。微弱な紫外線照射で放出された少量の光電子を高感度測定するので、試料表面の紫外線による損傷が少なく再現性の良い測定が可能です。また、光電子の脱出深さは数十nmであるため、バルク内部の情報を拾う事無く、極表面の情報のみを高感度で抽出できます。仕事関数は最表面の結晶構造やガス分子などの吸着により変化するため、極表面の1分子層レベルの状態変化も検出できます。

2. 高エネルギー分解能
  当装置は高いエネルギー分解能を有しており、材料の電子エネルギーレベルや化学状態に関する詳細な情報を取得できます。仕事関数、価電子帯上端もしくHOMOのイオン化エネルギーなど電子構造を正確に測定することが可能です。

3. 大気中測定可能
  真空環境を必要とせず、大気中での測定が可能です。そのため試料準備が簡便で、特に大気中で安定な材料や、試料表面の状態が重要な研究において強みを発揮します。また、粉末や液体など脱ガスなどの影響から真空中には持ち込み難いサンプルも前処理することなく気軽に測定できます。

4. 非破壊測定
  試料を破壊することなく測定を行えます。比較的大型の試料や曲面形状のものも測定可能です。貴重な試料や複雑な表面構造を持つ試料の研究に適しています。

5. 広範な応用分野
  金属材料、無機半導体、有機材料など、さまざまな材料の電子的特性を評価することができ、特に有機薄膜やナノ材料の研究において幅広く活用されています。

 

計測原理

光照射によって材料から放出される光電子のエネルギーを測定することで、材料の電子状態を解析します。

① 光照射:試料に紫外線(UV)を照射します。UV光源としては重水素ランプが使用されます。
② 光電子放出:照射された光子を物質が吸収し、光電効果により物質表面から光電子電子が放出されます。
③ 検出:放出された光電子は検出器としてオープンカウンターで計数されます。
④ 解析:検出された光電子のエネルギーを解析することで、材料の電子状態、特に仕事関数やイオン化ポテンシャルなどを評価します。

 

解析方法

解析は、紫外線のエネルギーを横軸、電子放出数(電子計数率)のべき乗 = 0.5(※)を縦軸としたグラフを作成します。イオン化ポテンシャル(Ip)は光電子放出の閾値エネルギーと見なします。試料が金属の場合には仕事関数となります。

PYS image1 Ion potential
図:PYSのイオン化ポテンシャルの評価のイメージ図

※ べき乗は、一般的に試料が金属の場合0.5乗、半導体の場合は0.3乗(1/3乗)と言われています。有機物の場合、0.5乗を用いる場合が多いとされています。

 

推奨測定条件(本内容は理研計器のAC-3の取扱説明書[1]に準じます)

 サンプルの形状: 厚さ 10mm 以下で一辺が 20mm~30mm の長方形の板。
          粉体の場合は特別付属品:粉体サンプルトレイを使用。
 光電子の計数率: 2000cps 以下の領域で測定。

(有機材料の場合)   ※ AC-2では光量上限が6.2eVであるため測定できません。
 測定開始エネルギー: 4.0 eV
 測定終了エネルギー: 7.0 eV
 エネルギー間隔 : 0.1 eV

(無機材料の場合) ※ AC-2では光量上限が6.2eVであるため測定できません。
 測定開始エネルギー: 4.0 eV
 測定終了エネルギー: 7.0 eV
 エネルギー間隔 : 0.1 eV

 

動作確認(本内容は理研計器のAC-3の取扱説明書[1]に準じます)

標準サンプル: テストサンプル(金板: Au)
実施者:  測定者(ユーザー)
実施頻度: 測定日毎に行うことが好ましい。

確認方法:
① 光量補正係数を測定。(測定条件など詳細については AC-3 for Windows 取扱 説明書『仕事関数、イオン化ポテンシャル測定編』を参照。)
② テストサンプルの仕事関数を測定。このとき仕事関数が 4.6~6.2eV の範囲内 で、傾きが 20Y/eV 以上あることを確認。
③ テストサンプルで10 回測定。
④ 仕事関数の標準偏差が 0.02eV 以下であることを確認。
⑤ 傾きの標準偏差が 1.0 Y/eV 以下であることを確認。

 

運用条件(主な消耗品)

検知器(オープンカウンター): 約1年
紫外線ランプ: 重水素ランプの寿命は約 1500 時間。
光電子増倍管: 寿命は約 5 年

 

参考文献

[1] 理研計器, “大気中光電子分光装置AC-3取扱説明書”, https://product.rikenkeiki.co.jp/assets/pdf/ac/ac-3/PT5-04011_AC-3.pdf (2024.6.6アクセス)
[2] 理研計器, “大気中光電子分光装置AC-2Sシリーズ取扱説明書 第8章データ変換“
https://product.rikenkeiki.co.jp/assets/pdf/ac/ac-m/AC-2S_m_j.pdf
(2024.6.6アクセス)

[3] 柳生 進二郎,”大気中光電子収量分光装置(理研計器ACシリーズ)の 計測ファイル用メタデータ抽出プログラム”, Journal of Surface Analysis, 29, 2, 97-110, (2022). https://doi.org/10.1384/jsa.29.97 (2024.6.6アクセス)

[4] 柳生 進二郎, 吉武 道子, 長田 貴弘. “べき乗則で解釈されるスペクトルの閾値及びべき乗数の自動解析方法”, Journal of Surface Analysis, 30, 2, 98-112 , (2023) https://doi.org/10.1384/jsa.30.98 (2024.7.23アクセス)