利用報告書 / User's Reports

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【公開日:2023.07.31】【最終更新日:2025.06.23】

課題データ / Project Data

課題番号 / Project Issue Number

22MS0019

利用課題名 / Title

結晶性キラル半導体におけるスピン依存非相反伝導とその電気的制御

利用した実施機関 / Support Institute

自然科学研究機構 分子科学研究所 / IMS

機関外・機関内の利用 / External or Internal Use

外部利用/External Use

技術領域 / Technology Area

【横断技術領域 / Cross-Technology Area】(主 / Main)物質・材料合成プロセス/Molecule & Material Synthesis(副 / Sub)-

【重要技術領域 / Important Technology Area】(主 / Main)マテリアルの高度循環のための技術/Advanced materials recycling technologies(副 / Sub)-

キーワード / Keywords

非線形伝導,半導体,キラリティ


利用者と利用形態 / User and Support Type

利用者名(課題申請者)/ User Name (Project Applicant)

広部 大地

所属名 / Affiliation

静岡大学理学部物理学科

共同利用者氏名 / Names of Collaborators in Other Institutes Than Hub and Spoke Institutes
ARIM実施機関支援担当者 / Names of Collaborators in The Hub and Spoke Institutes

山本 浩史

利用形態 / Support Type

(主 / Main)共同研究/Joint Research(副 / Sub)-


利用した主な設備 / Equipment Used in This Project

MS-101:マスクレス露光装置
MS-301:有機FET


報告書データ / Report

概要(目的・用途・実施内容)/ Abstract (Aim, Use Applications and Contents)

【背景】反転対称性や鏡映対称性の破れた低対称な系は様々な整流効果をあたえ、微小領域におけるエネルギー変換やキラリティ判定を可能とする。そのような低対称な系はスピントロニクス分野でも注目を集めており、特にキラルな系におけるスピン整流性は既存の電荷-スピン変換現象の理論値を数桁上回る―という報告が相次ぐ。これは、キラリティに立脚した質的に新しい物理概念を示唆しており、キラリティ誘起スピン選択性(Chirality-Induced Spin Selectivity, CISS)と呼ばれる。しかしながら、CISSは対称性の考察のみでは既存のスピン依存非相反伝導と見分けられず、またCISSの定量化された評価方法は確立されていない。
【目的】申請者はCISSをキラル半導体Teに展開し、その電界効果トランジスタを利用したCISSの分離測定を試みる。Teでは既存のスピン依存非相反伝導が確立しており、しかもその化学ポテンシャル依存性はボルツマン輸送方程式の半古典的取り扱いで精確に記述できる。ゆえに、Teの化学ポテンシャルをゲート電圧で広範囲にわたり変調し非相反伝導測定を実行することで、理論的予想との定量化された比較が可能となる。この比較から、既存のスピン依存非相反伝導とCISSとを分離し、シグナル全体に占める各比率を決定する。
【実施内容】申請者が作製したキラル半導体Teの薄膜結晶に、分子研・山本Gが有する電界効果トランジスタの作製・評価システムを適用し、Teの電界効果トランジスタを達成した。同デバイスを用いてスピン依存非相反伝導をロックインアンプ法で測定し、そのゲート電圧依存性を評価した。並行してボルツマン輸送方程式に基づく解析を行った。
【分子研対応グループの関わり】本研究推進にあたっては、申請者が作製したTeの薄膜結晶に対し、分子研・山本Gがデバイス化(薄膜結晶の純良化、リソグラフィを用いた電界効果トランジスタ作製とその評価)で協働し、微小電気信号測定とその解析で申請者のスピントロニクス手法を適用した。

実験 / Experimental

―――前期―――
【自機関】
Y. Wangら[1]の考案した水熱合成法(高温高圧下でのNa2TeO3の還元)によるTe薄膜結晶の作製に取り組み、その電気特性を室温FET測定で評価した。これにより、格子欠陥の少ない純良なTe薄膜結晶を目指した。Y. Wangらの報告を参考に、本研究では水熱合成法の主なパラメータとして、crystal-face-blocking ligandの分子量と量、還元剤の量、アルカリ溶液のpH値、加熱温度・時間を調整した。これにより結晶作製の条件を最適化した。フォトリソグラフィによるFET作製を考慮して一辺50μm以上、厚さ50nm未満の薄膜結晶を目指した。つぎに薄膜結晶の電気特性をFET測定(トランスファー曲線とアウトプット曲線)により評価した。これらから化学ポテンシャルμの値を推定し、価電子帯の上端Evまでの距離ΔEv=Ev-μを推定した。Te結晶の結晶欠陥はホールドープと同時に電気特性にヒステリシスをあたえる。これはドレイン電流のオン/オフ比とS/N比を低減するため、スピン依存非相反伝導の電気的制御にとって不利である。そこでΔEvを結晶欠陥のバロメータとし、ΔEv→0となるよう上述の結晶作製パラメータを調節した。
【支援機関】
自機関で作製したFETデバイスを支援機関に持ち込み、低温高磁場における非相反伝導測定(Quantum Design PPMS-9、最低温度1.9K, 最高磁場9T, 最大電圧200V)に取り組んだ。ただし、Te薄膜結晶のサイズはバッチに大きく依存し、当方が所有するフォトリソグラフィ設備ではデバイス加工できない場合が多々あった。その場合、支援機関が完備するフォトリソグラフィ環境、特にマスクレス露光装置(ナノシステムソリューションズDL-1000/IMC、最小露光線幅<1μm)を用いたさらなる微細化により、FETデバイスを作製した。TeのFETデバイスにおける非相反伝導測定は次のとおりに実行した。Teの3回螺旋軸と平行に入力電流と外部磁場を印加し、縦電圧を測定した。この実験セットアップで生じる非相反伝導はキラルな系に特有である。入力電流は交流とし、ロックインアンプ法で電圧の第二次高調波成分Vを測定することでTeの非相反伝導を検出した。
―――後期―――
【自機関】
2022年前期に確立したプロセスにしたがい、Te薄膜結晶の作製とデバイス化を実行した。
【支援機関】
自機関で作製したFETデバイスを支援機関に持ち込み、低温高磁場における非相反伝導測定(Quantum Design PPMS-9、最低温度1.9K, 最高磁場9T, 最大電圧200V)に取り組んだ。TeのFETデバイスにおける非相反伝導測定は次のとおりに実行した。Teの3回螺旋軸と平行に入力電流と外部磁場を印加し、縦電圧を測定した。この実験セットアップで生じる非相反伝導はキラルな系に特有である。入力電流は交流とし、ロックインアンプ法で電圧の第二次高調波成分Vを測定することでTeの非相反伝導を検出した。更に、Vのゲート電圧及び温度依存性を調べ、試料サイズ・電流密度・磁場について規格化した非相反係数γを評価した。

結果と考察 / Results and Discussion

―――前期―――
【結晶作製】
Te結晶の薄膜化では、高分子をcrystal-face-blocking ligandとした面選択的な結晶成長が重要である。無機バルク結晶を専門とする申請者には馴染みのないプロセスであったが、支援担当者・山本教授の専門知識(有機薄膜結晶の作製)に基づいた的確なアドバイスにより、crystal-face-blocking ligandの分子量と濃度、アルカリ溶液のpH値を特に重要なパラメータとして同定し、早期に薄膜結晶を達成できた。典型的な結晶の厚みが約20 nm、ラフネスが0.5nm未満であることをAFM測定で確認し、極めて平坦な薄膜結晶を達成した。
【FET作製・評価】
FET (バックゲート・トップコンタクト方式、ゲート絶縁膜は酸化シリコン)のトランスファー・アウトプット曲線を取得した。20Kでのトランスファー曲線から、normally onのp型半導体としてTe薄膜結晶が機能することがわかった。重要なことに、ドレイン電流のオン/オフ比が1×107を超え、ゲート電圧Voff=80~90V以上ではほぼドレイン電流が流れなかった。これはTeの化学ポテンシャルが価電子帯の上端にかなり近いことを意味する。他のバッチから採取したTe結晶でも同程度のオン/オフ比とVoffが得られた。結晶欠陥のためにTe結晶は必ずホールドープされるものの、このドープ量が抑制された純良な結晶が得られた。バックゲート方式FETは、薄膜結晶をシリコン基板上にラミネートすることで作製した。技術的には、結晶表面の清浄度を保ちつつ、密度の大きなTe結晶を溶媒表面にフロートさせるという課題があった。Te薄膜結晶の親水性を活かした混合溶媒を用いることで解決でき、またエタノール溶液からのドロップキャストも代替案として有効であることがわかった。支援担当・山本Gは同様の手法によるバックゲート方式有機FETで実績があり、そのノウハウを援用する格好となった。
【非相反伝導測定】
ゲート絶縁膜のリーク電流の問題やマシンタイムの関係により、まずは零ゲート電圧下における縦電圧の第二次高調波成分Vの磁場(B)・温度(T)依存性を調べた。T=300Kでは明瞭なVを観測することができなかったが、液体窒素温度以下ではBについて線形に増大するVの成分を観測することができた。この線形性とB || 3回螺旋軸の選択則は結晶キラリティが誘起する非相反伝導のそれと整合するものであった。
【モデリング】
ボルツマン輸送方程式をTeの非相反伝導に適用するため、まずは価電子帯上端近傍の有効エネルギーバンド構造を再現することから始めた。最近提案されたキラルなスピン軌道相互作用(ワイル型)[3]にゼーマン相互作用を加えた有効模型を採用した。Teの価電子帯上端近傍は特徴的なダンベル型構造を有することがARPESで報告されており、これを再現するよう有効模型のパラメータ値を決定した。有限磁場のもとでバンド構造を数値的に計算すると、ダンベル型構造が(K点を原点とした)正負の波数について非対称であることを見出した。これは群速度の非対称性も同時に意味しており、文献[2]の機構に基づく非相反伝導を示唆する。以上でボルツマン輸送方程式に基づく解析の土台が整った。―――後期―――
前期の予備測定にもとづき、γのゲート電圧(Vg)依存性と選択則を調べた。20KにおけるγのVg依存性を図1に示す[4]。Vgを0Vから50Vまで変化させると、γはおよそ2倍増加した。ゲート電圧を更に増加するとγは急激に増大し、γ(Vg=80V)≈100×γ(Vg=0V)という二桁にわたるゲート制御に成功した。このゲート制御性は常伝導体で最大級である。一方、外部磁場をTeのa軸(二回回転軸)に沿って印加した場合、非相反係数はほぼ消失し、キラリティ誘起非相反伝導の選択則を確認した。これらの実験結果に論及するべく、前期に再現したスピン分裂エネルギーバンドをボルツマン輸送方程式と組み合わせ、非相反係数を計算した。ゼーマン相互作用とスピン軌道相互作用の協奏効果[2]として生じる非相反係数γZを算出し、その化学ポテンシャル依存性がγのVg依存性とよく対応することを見出した[4]。一方で、100K以上では非相反係数の実験値が計算値よりも一桁大きいことを発見した。この結果は以外の寄与を含んでおり、しかもその寄与は昇温に対してロバストであることを示唆する。起源の同定には至らなかったものの、Edelstein効果に付随する非相反伝導(一方向性磁気抵抗)の可能性[5]もあり、CISSの有限温度性―昇温とともにスピン偏極率が増大―と一脈相通じるものである。この可能性にも言及した本研究成果は固体物理学専門誌Physical Review B誌に出版され、同誌の注目論文Editors’ Suggestionに選出された[4]。


図・表・数式 / Figures, Tables and Equations


図1. 非相反係数のゲート電圧依存性(温度20Kで取得)。低温・高磁場・高電圧下でのロックイン信号計測が必要であり、支援担当・山本G (有機FET)の実験系を活用することで初めて実現した。


その他・特記事項(参考文献・謝辞等) / Remarks(References and Acknowledgements)

【参考文献】[1] Y. Wang, et al. Nature Electronics 1, 228-236 (2018).[2] T. Ideue, et al. Nature Physics 13, 578-583 (2017).[3] M. Sakano, et al. Physical Review Letters 124, 136404 (2020).[4] D. Hirobe, et al. Physical Review B 106, L220403 (2022).[5] F. Calavalle, et al. Nature Materials 21, 526-532 (2022).                      【謝辞】―――前期―――山本浩史教授、高田紀子様、木村幸代様(分子研装置開発室)、佐藤拓朗助教(分子研協奏分子システム研究センター)に感謝いたします。―――後期―――山本浩史教授(分子研装置開発室)、佐藤拓朗助教(分子研協奏分子システム研究センター)に感謝いたします。【科研費】本研究成果を発展させた研究構想により、次の科研費助成事業の交付内定をいただいた。 廣部大地(代表) 基盤研究(B) 「フォノン熱物性を基点としたキラル誘起電子スピン偏極の機構探索」(23H01836, 2023年度-2026年度)


成果発表・成果利用 / Publication and Patents

論文・プロシーディング(DOIのあるもの) / DOI (Publication and Proceedings)
  1. Daichi Hirobe, Chirality-induced intrinsic charge rectification in a tellurium-based field-effect transistor, Physical Review B, 106, (2022).
    DOI: 10.1103/PhysRevB.106.L220403
口頭発表、ポスター発表および、その他の論文 / Oral Presentations etc.
  1. 廣部大地, “Chirality-induced intrinsic charge rectification in a tellurium-based field-effect transistor”, ISSPワークショップ, 物性研究所, 2022年12月. (口頭発表)
特許 / Patents

特許出願件数 / Number of Patent Applications:0件
特許登録件数 / Number of Registered Patents:0件

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