利用報告書 / User's Reports

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【公開日:2025.06.10】【最終更新日:2025.05.19】

課題データ / Project Data

課題番号 / Project Issue Number

24JI0028

利用課題名 / Title

走査型プローブ顕微鏡用探針の分析評価

利用した実施機関 / Support Institute

北陸先端科学技術大学院大学 / JAIST

機関外・機関内の利用 / External or Internal Use

外部利用/External Use

技術領域 / Technology Area

【横断技術領域 / Cross-Technology Area】(主 / Main)計測・分析/Advanced Characterization(副 / Sub)-

【重要技術領域 / Important Technology Area】(主 / Main)その他/Others(副 / Sub)-

キーワード / Keywords

電子顕微鏡/ Electronic microscope,走査プローブ顕微鏡/ Scanning probe microscope,電子分光/ Electron spectroscopy


利用者と利用形態 / User and Support Type

利用者名(課題申請者)/ User Name (Project Applicant)

新井 豊子

所属名 / Affiliation

国立大学法人金沢大学大学院自然科学研究科数物科学専攻

共同利用者氏名 / Names of Collaborators in Other Institutes Than Hub and Spoke Institutes
ARIM実施機関支援担当者 / Names of Collaborators in The Hub and Spoke Institutes

安東秀

利用形態 / Support Type

(主 / Main)機器利用/Equipment Utilization(副 / Sub)-


利用した主な設備 / Equipment Used in This Project

JI-011:走査型オージェ電子分光顕微鏡


報告書データ / Report

概要(目的・用途・実施内容)/ Abstract (Aim, Use Applications and Contents)

 試料表面の形状や物性をナノスケールの高分解能で観察・解析する手段として走査型プローブ顕微鏡(SPM)が活用されている。SPMでは、先端を鋭利にした探針を試料表面に精緻に極接近させ、探針と試料間で授受される物理量(トンネル電流や相互作用力)を高感度検出し、その物理量の探針−試料間距離に対する依存性を利用する。物理量を一定に保つように探針−試料間距離を制御しながら探針を試料表面に沿って走査すると、探針は試料表面の凹凸をなぞるように動き、その動きの記録から表面形状凹凸像を構築することができる。また、接近させた探針の位置を固定して、探針−試料間電圧を変化させ、あるいは光を照射した際の物理量の変化を計測すれば、試料表面の局所物性を計測できる。さらに、探針位置を間欠的に変化させながら計測すれば、その物理量変化の2次元(あるいは3次元)マッピング像を得ることもできる。
 SPMの空間分解能は主に探針の鋭さで決まる。また、検出される物理量は探針の電子物性によって変化する。即ち、得られるSPM像(表面形状凹凸像、試料物性の2次元マッピング像)や物性計測値はSPM探針の特性(形状、先端の原子配列と原子種、それらによって発現する探針の物性)によって変化し得る。例えば、SPM形状像の原子レベル分解能は探針先端の個々の原子の配列変化によって微妙に変わる。また、SPMを利用した物性測定では、先端の鋭さの変化と供にSPM探針先端への原子・分子吸着などによる局所電子物性の変化によって測定結果や2次元マッピング像が唐突に変化する。SPMの登場以来、種々の探針の調製法が開発されてきた。一方で、期待されるSPM像が得られるようになるまで観察中に探針を試料に僅かに接触させて探針先端の原子配列や原子種を変化させるような偶発的現場作業も“秘伝”となっている。今後、SPM技術を究めるためにも、SPM探針を“ナノスケールの現象を調べるための機能材料”として捉え、SPM探針を対象とした基礎物性評価・制御のデータを蓄積しながら“探針”の研究を地道に進める必要がある。
 最近、大気中での加熱燃焼によってタングステン(W)などの高融点金属線の先端を簡便に先鋭化させる手法(炎エッチング法)が提案された[1]。この手法では高温の炎でW線の端を酸化させる。通常、原材料として安価な多結晶W線を用いる。線引きされた市販の多結晶W線は直径が1 µmほどの線状結晶の束で構成されている。高温で生成されたWの酸化物(WO3)は蒸気圧が高いので昇華し、その結果としてW線の端が先鋭化される。本手法の作業は迅速(秒単位、あるいは1秒以下の処理時間)でかつ簡便であると供に、調製中に酸化物以外の不純物が付着する可能性が少ない利点がある。また、高温加熱によってW線先端の単結晶化(数十µm以上に渡る2次の再結晶化)が進む。W探針先端の単結晶化が進むと先端部の粒界が激減するので、計測時の探針先端での電流散乱を抑制することができ、試料の物性評価に有利になると期待できる[2]。また、先端に結晶構造を反映した安定なファセット面が出現しやすくなり、探針先端の原子配列の安定化にも寄与すると期待できる。
 昨年度までのARIM支援によって、走査型オージェ電子顕微鏡(SAM)などを使って炎エッチング法によって先鋭化されたW探針の評価(形状観察と表面組成分析)を行った。その結果、探針先端部はファセット様の面で囲まれた多面体となっていること、および、先端部が探針軸方向に[110]方位を向いていて単結晶化していることを確認した。また、透過型電子顕微鏡(TEM)の電子線回折を利用して、ファセット様に扁平して広がった面の指数付けを行い、W線は高温酸化によって{001}面が優先的に広がって扁平することを見出した。また、炎エッチングしたW探針の先端は昇華しきれなかったW酸化物が残留していることもわかった。本年度は、炎エッチング法によって作製したW探針の扁平面の解消とW酸化物の除去を目的に、炎エッチング法で作製したW探針を極短時間の電解研磨で処理した。制御された電解研磨によって一定厚の酸化物を除去すること、および、電解研磨時の印加電圧に依存した異方性エッチングによって、炎エッチングで形成された扁平面を縮小させ、先端が幾つかの安定なファセット面で囲まれて鋭利でかつ軸対称性が向上した探針を作製することを狙った。そこで、単結晶化が進んだW材料を調製し、W材料の電解研磨のエッチングの異方性をSAMで評価した。この結果は、SPM探針用材料としてW材料の適切な処理条件を探るためのデータとなり得るものである。

実験 / Experimental

 直径0.1 mmの多結晶W線(ニラコ)を20 mm程に切断して試料とした。この試料を真空チャンバー(ターボ分子ポンプによる排気で到達真空度2×10–8 Torr)内の金属(タンタル)台に固定した。この真空チャンバーのビューポートを通して青色レーザ光(波長450 nm、最大9 W)をW線の端に集光して照射し、その端を熔解させて球状とした。温度は計測していないが、W線を熔解できたので、この青色レーザ光加熱でW線端をWの融点(約3400 ℃)以上に加熱できたと推定した。この試料をSAM(SAM670、アルバックファイ)真空チャンバーに導入し、走査型電子顕微鏡(SEM)観察するとともに表面組成を分析した。SAMによる分析後、試料をSAM真空チャンバーから取りだし、電解研磨を行った。電解研磨溶液は1M NaOH、対向電極は白金線、電解条件として交流電圧を一定時間印加、あるいはパルス状電圧を印加することで電解電圧とエッチング時間を制御した。電解研磨後に試料をSAM真空チャンバーに戻して電解研磨の状況をSAM分析した。必要に応じて試料の電解研磨とSAM分析を繰り返した。

結果と考察 / Results and Discussion

 青色レーザ光で先端を熔解させたW線のSEM像をFig. 1(a)に示す。先端部はやや歪んでいるが、その表面は滑らかに湾曲していて、半径が約60 µmの球状となっている。特徴的なこととして、W球体表面に明暗部があることがわかる。三角形型の暗部が各頂点で別の三角形の暗部の頂点と繋がっている。また、円上が暗くなっている領域が存在し、中央の三角形暗部を中心に3回対称に配置されている。SEM像の明暗は収束電子線照射に対して放出される2次電子の量の増減に対応する。滑らかな試料の場合のSEM像の明暗の原因は、原子種、仕事関数、原子密度などの違いが挙げられる。この球状試料は単結晶と考えられるので、Wの結晶構造である体心立方格子(BCC)の構造を反映していると予想される。ここで簡単のために低指数面だけを考慮する。BCC構造の球体を考えると、その球体表面には、{001}面が4回対称、{111}面が3回対称の配置、{011}面が2つの鏡面対称の配置で現れる。そこで、円形の明暗の中心が{001}面、三角形の暗部の中心が{111}面であると仮定すると、SEM像の明暗の出現方位と整合する。また、{011}面は暗部三角形の頂点に位置することになり、その位置でのSEM像の明暗パターンが2つの鏡面対称性をもつこととも一致する。一方、BCC構造では{111}面が原子最密面であり、仕事関数が低いので、その領域でSEM像が明るくなる可能性がある。しかし、観察結果とは異なる。そこで、SAMの機能を利用して、オージェ電子分光法で元素組成の分布を測定した。酸素のオージェ電子ピークから構築されたマッピング像をFig. 1(b)に示す。マッピング像では酸素密度が高い領域を明るく描きだしている。SEM像との対応から暗い領域で酸素密度が高くなっていることがわかる。SEM像の明暗の形成原因は複雑であり、単純に解釈はできない。しかし、W球体を作製した後に大気搬送してSAMに挿入していることを考慮すれば、酸化や水の吸着が{111}面で優先的に起こり、その結果としてSEM像に暗い領域が現れた可能性がある。現在までに幾つかの試料で同様の実験を繰り返しているが、{111}面に相当する暗領域は頻度高く観察されるが、円上の暗領域の現れ方は微妙に変わる。今後、データの蓄積が必要と思われる。{111}面は原子密度が低い面であり、酸化や水の吸着が起こりやすいと予想される。一方、炎エッチング法のような高温酸化で優先的に酸化されるのは{001}であり[3]、低温で{111}面が優先酸化される現象とは機構が異なるのだろう。これは、温度による酸化の違いがW結晶の扁平を制御する際に重要な因子となることを示唆している。
 Fig. 1で観察した試料をSAM真空チャンバーから取りだし、電解研磨(印加電圧: AC 3 VP-P, 60 Hz、1分間)し、その後再びSAMで分析した。そのSEM像をFig. 2に示す。W球の半径は約45 µmに減少し、特定面が広がり、多面体様となった。Fig. 2(a)のSEM観察時の試料の向きはFig. 1とほぼ合わせているので、上述の議論から、{111}面が特に広がり、{001}面も広がっていることがわかる。それぞれで3回、4回対称的な形状となり、相互の配置の対称性も維持され、上述の面指数を規定する議論を支持している。この多面体様の形状は、電解研磨によって{111}面が優先的にエッチングされ、それに続いて{001}面が優先的にエッチングされた結果と考えられる。一方、{111}と{001}面の境界線が稜線となって明瞭に見えている。この線上に当る面方位(例えば{011}面)は電解研磨によって広がりにくいと言える。ここで注意すべきは、{111}、{001}と同定している面が多少湾曲していることである。結晶の対称性から各面の中央位置での指数付けは正しいと考えるが、元々球体であった試料がその低指数面より高い指数面でも電解研磨されて、少し湾曲した形状になっていると考えるべきであろう。境界線上の{011}面でも電解研磨は進むが、{111}、{001}面よりもエッチング速度が遅く、エッチングに取り残されるように境界線が現れると考えられる。{011}面は原子最密面であり、表面反応性が低く、エッチングされにくいと考えることで整合する。元々の球体の半径(Fig. 1)と電解研磨後の球体のサイズ(Figs. 2, 3)から、電解研磨による平均のエッチング速度は、{111}面で約0.28 µm/sec、{001}面で約0.16 µm/secと推量された。電解研磨後の試料に関してSAM分析の結果、酸素が特段に多い領域は見いだせなかった。電解研磨によって電解研磨は酸化過程と酸化物のアルカリ溶液への溶解過程の組み合わせで進むので、{111}、{001}面とも同程度の酸化表面になっている可能性がある。炎エッチング法によって調製したW探針を電解研磨すると、酸化物のオージェ電子ピーク強度はかなり減少したが、大気搬送しているためか、検出限界以下になることはなかった。酸化物を完全に除去するためには真空での加熱が必要と思われる。
 さらには、電解研磨の印加電圧条件(電圧値(交流、直流)、時間)を変えてW球体のエッチング特性の違いも観察した。電圧値が高くなると、エッチングの面異方性が低下し丸みを帯びた形状となること、電解研磨の対極(白金)に対して印加電圧が0 Vでもエッチングが徐々に進むこと、エッチングが進むと{001}面で4つの{011}面を側面に有する逆ピラミッド状エッチピットが現れること、{111}面では3つの{011}面をもつ三角錐状の突起が出現することがわかった。長時間の電解研磨では{011}面が広がる傾向がある。
 本研究では、炎エッチングの酸化過程では{001}面が広がり易い一方、低電圧の電解研磨の初期過程では{111}面が優先的にエッチングされることを見出した。W結晶の最安定面は最密面の{011}面で、真空中の熱処理では{011}面が広がることが知られている。今後、得られた知見を基に、繊維状構造を持つ多結晶W線の結晶性の向上、処理法によって異方性のあるファセット化を利用した先鋭化探針の調製法を確立し、物性測定のためのSPM探針の性能向上に役立てたい。

図・表・数式 / Figures, Tables and Equations


Fig. 1  (a) SEM image of a W sphere at the end of a W wire, melted by blue-laser irradiation in a vacuum. The electron beam energy for the SEM was 10 kV.  (b) Oxygen map of the wire obtained by scanning Auger electron spectroscopy.



Fig. 2  (a) SEM image of the W sphere, shown in Fig. 1, after it was electrochemically etched for 1 min at an AC voltage of 3 Vp-p, 60 Hz.  (b) SEM image of the W sphere from a different view. 



Fig. 3  Polygonal model of the electrochemically-etched W sphere composed of {001} and {111} planes. The ratio of the distances from the sphere center to the {001} planes with respect to that to the {111} planes is 1.15 to fit the model outline to the W sphere in the SEM image of Fig. 2. This fitting indicates that the etching speed of {111} is faster than that of {001} and much faster that that of the other planes.


その他・特記事項(参考文献・謝辞等) / Remarks(References and Acknowledgements)

References
[1] T. Yamaguchi, E. Inami, Y. Goto, Y. Sakai, S. Sasaki, T. Ohno and T.K. Yamada: Rev. Sci. Instrum. 90 063701 (2019).
[2] T. Arai, D. Kura, R. Inamura and M. Tomitori: Jap. J. Appl. Phys. 57 08NB04 (2018).
[3] H. Yu, S. Das, J. Liu, J. Hess and F. Hofmann: Scr. Mater. 173 110 (2019).


成果発表・成果利用 / Publication and Patents

論文・プロシーディング(DOIのあるもの) / DOI (Publication and Proceedings)
口頭発表、ポスター発表および、その他の論文 / Oral Presentations etc.
  1. 岡部悠大、宇都宮信彦、荒木優希、富取正彦、新井豊子, "高温炎エッチングで作製したタングステン探針の調製", 第72回応用物理学会春季学術講演会 (東京理科大学 野田キャンパス), 令和7年3月17日
  2. 島尚生、加藤貴洋、富取正彦、新井豊子, "製", 第72回応用物理学会春季学術講演会 (東京理科大学 野田キャンパス), 令和7年3月17日
特許 / Patents

特許出願件数 / Number of Patent Applications:0件
特許登録件数 / Number of Registered Patents:0件

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