【公開日:2025.06.10】【最終更新日:2025.05.22】
課題データ / Project Data
課題番号 / Project Issue Number
24NU0091
利用課題名 / Title
走査透過型電子顕微鏡を用いた先端材料および磁性材料の結晶構造解析
利用した実施機関 / Support Institute
名古屋大学 / Nagoya Univ.
機関外・機関内の利用 / External or Internal Use
内部利用(ARIM事業参画者以外)/Internal Use (by non ARIM members)
技術領域 / Technology Area
【横断技術領域 / Cross-Technology Area】(主 / Main)計測・分析/Advanced Characterization(副 / Sub)加工・デバイスプロセス/Nanofabrication
【重要技術領域 / Important Technology Area】(主 / Main)高度なデバイス機能の発現を可能とするマテリアル/Materials allowing high-level device functions to be performed(副 / Sub)-
キーワード / Keywords
電子顕微鏡/ Electronic microscope,イオンミリング/ Ion milling,電子回折/ Electron diffraction,電子分光/ Electron spectroscopy,蒸着・成膜/ Vapor deposition/film formation,セラミックスデバイス/ Ceramic device,センサ/ Sensor,エレクトロデバイス/ Electronic device
利用者と利用形態 / User and Support Type
利用者名(課題申請者)/ User Name (Project Applicant)
長尾 全寛
所属名 / Affiliation
名古屋大学 未来材料・システム研究所
共同利用者氏名 / Names of Collaborators in Other Institutes Than Hub and Spoke Institutes
加藤剛志,大島大輝
ARIM実施機関支援担当者 / Names of Collaborators in The Hub and Spoke Institutes
山本悠太,樋口公孝
利用形態 / Support Type
(主 / Main)共同研究/Joint Research(副 / Sub),機器利用/Equipment Utilization
利用した主な設備 / Equipment Used in This Project
NU-102:高分解能電子状態計測走査透過型電子顕微鏡システム
NU-106:試料作製装置群
報告書データ / Report
概要(目的・用途・実施内容)/ Abstract (Aim, Use Applications and Contents)
非対称系多層薄膜では、カイラル磁壁やスキルミオンの安定化、スピン軌道トルク誘起運動、磁化反転、非相反スピン波や磁気音響表面波などの様々な物理現象において、Dzyaloshinskii-Moriya相互作用(DMI)が重要な役割を果たしている。DMIの出現には、スピン軌道相互作用を伴う強磁性層と重金属層の界面における反転対称性の破れが不可欠である。これまでの研究から、界面DMIはかなり理解されてきたが、微視的なメカニズムは依然として不明である。例えば、スパッタリング成膜したPt/Co/PtやPd/Co/Pdのような対称多層膜でもDMIはゼロではない。いくつかの研究では、Arガス圧、基板温度、チャンバーベース圧、Ar+イオンの照射など、成長中のスパッタリング条件を調整することで、Pt/Co/Ptの正味のDMIを制御することに成功している。これらの結果は、相互混合が界面の損失につながり、DMIに有害であることを示唆している。しかし、最近の計算では、相互混合に対するDMIの頑健性、さらには相互混合によるDMIの増強が予測されている。もう一つの興味深い観測は、組成勾配が反転対称性を壊す、フィルム中のバルクDMIである。しかし、バルクDMIを多層薄膜に適用できるかどうかに関する研究は限られている。さらに、最近の研究では、欠陥が中心対称性材料の反転対称性を破り、DMIを発生させることが実証されているが、スパッタリング多層薄膜における欠陥とDMIの関係はまだ研究されていない。
対称多層膜における顕著なDMIの微視的起源を解明することで、DMIの性質に関する詳細な洞察が得られる可能性がある。しかし、スパッタ多層膜は多結晶で超薄膜であるため、原子スケールの詳細な分析データがないことが課題となっている。本研究課題では、高角度環状暗視野走査透過電子顕微鏡(HAADF-STEM)を用いて、Pt/Co/Ptにおける顕著なDMIの起源を調べた。
実験 / Experimental
室温マグネトロンスパッタリング法を用いてアルゴンガス圧:P = 0.4, 1.0, 1.5, 2.0PaでTa(5nm)/[Pt(1nm)/Co(1nm)/Pt(1nm)]15/Pt(3nm)を成膜した。以下、これらの試料を0.4-、1.0-、1.5-、2.0-サンプルと表記する。ローレンツ電子顕微鏡法(LTEM)とHAADF-STEMには、それぞれ名古屋大学超高圧電子顕微鏡施設のJEM-2100F とJEM-ARM 200F Coldを用いた。これらの薄膜は、厚さ10 nmのSi3N4膜基板上とSi/SiO2ウェハー基板上に成膜した。前者はLTEMイメージングに、後者はHAADF-STEMイメージングと振動試料磁力測定に使用した。なお、これら2つの異なる基板上の薄膜は同時に成長させた。
結果と考察 / Results and Discussion
最初に、垂直磁化Pt/Co/Ptにおける磁気構造へのP増加の影響を調べた。図1のLTEM像は、0.4-、1.0-、1.5-、2.0-サンプルの磁壁(DW)構造を示している。上段と下段の像は、それぞれα = 0°と30°の試料傾斜角で撮影された。明るい線と暗い線のコントラストはDWに対応する。0.4サンプルでは、α = 0°で顕著なDWコントラストが見られ[図1(a)、上]、これはブロッホ型DW成分が支配的であることを示している。一方、P ≥ 1.0 Paの試料では、α = 0°でDWコントラストは観察されず [図1(b)-1(d)、上]、α > 0°でのみDWコントラストが観察された [図1(b)-1(d)、下]。これらの観察結果は、P ≥1.0 Paの試料が大きなDMIを持つことを示している。一般的に、スパッタリング法では高いArガス圧で成膜すると結晶の品質の劣化が起きることが知られており、これらの結果は欠陥がDMIを誘起している可能性を示唆している。上記のように、欠陥はPが増加するにつれて増加することから、DMIと欠陥の密接な関係が示唆される。そこで、HAADF-STEM 観察を行い、欠陥の位置を解析した。本研究では、結晶粒内の転位に注目した。P ≥1.0 Paでは結晶品質の劣化が激しく、観察が困難であるため、0.4サンプルに焦点を当てることにした。先行研究においてP = 0.2 Paでスパッタ蒸着したPt/Co/Ptに顕著なDMIがあることが実証されていることから、この0.4サンプルにも顕著なDMIがあると予想される。HAADF-STEM 観察により、転位がかなりの量存在することが明らかになった。図2(a)は代表的なHAADF-STEM像(フーリエフィルターをかけた像)で、緑色の矢印で示したように、2つの原子柱のコントラスト間に筋状のぼやけたコントラストが見られる。筋状のコントラストは主に層に平行に観察される。図2(b)は、図2(a)の1-1'から4-4'線に沿った強度プロファイルを示しており、これらの筋状のぼやけたコントラストの存在を確認できる。5-5'に沿った強度プロファイルは、筋状のコントラストのないプロファイルの例である。これらの筋状のコントラストは、螺旋転位、刃状転位、および混合転位に起因するものと考えられる。Pt層に挟まれたCo層中でCoが最高濃度の層(以降、最高Co層と呼ぶ)に対する241個の転位の相対的な位置分布を分析した。図2(a)の右パネルに示すように、HAADF-STEM像と組み合わせた強度プロファイルは、転位を持つ層(Nd)と最高Co層(NCo)の位置を同時に特定することができる。最下層の最高Pt層から層数を数え、最上層と最下層の最高Pt層から数えて3層以内の転位を持つ層は、ほぼ非磁性領域と推定して除外した。層間差 Nd-Co(= Nd − NCo)の解析結果を図 2(c)に示すが、正、負、ゼロの比率はそれぞれ 51.8 %、26.6 %、21.6 %であり、最高Co層より上に転位がある層の数が下にある層より多く、転位分布が偏っていることがわかる。この結果は、組成勾配領域における非対称な転位分布が、正味のバルクDMIに関与していることを示唆している。
本研究課題ではスパッタ多層薄膜におけるDMIの起源としての欠陥に初めて焦点を当てた。Pt/Co/Ptにおいて、スパッタ蒸着のArガス圧を上げるだけで多いな正味のDMIが観測された。HAADF-STEM観察により、偏った転位分布が明らかになり、組成勾配領域の欠陥が介在するバルクDMIの存在を強く示唆した。この結果は、内部歪みによってDMIを設計できる可能性を示し、スパッタ蒸着多層薄膜におけるスピン軌道物理に関する新たな知見を提供する可能性がある。
図・表・数式 / Figures, Tables and Equations
図1:Arガス圧Pが異なる条件で成膜した対称系Pt/Co/PtのLTEM観察の結果。
図2:HAADF-STEMによる転位分布の解析
その他・特記事項(参考文献・謝辞等) / Remarks(References and Acknowledgements)
装置の利用にあたって、ご助言およびご支援を頂いた名古屋大学 超高圧電子顕微鏡施設の技術スタッフ 山本悠太博士と樋口公孝氏に感謝申し上げます。また、本研究は名古屋大学 加藤剛志教授、大島大輝准教授との共同研究によるものである。
成果発表・成果利用 / Publication and Patents
論文・プロシーディング(DOIのあるもの) / DOI (Publication and Proceedings)
口頭発表、ポスター発表および、その他の論文 / Oral Presentations etc.
- 長尾全寛, 第34回 日本MRS年次大会, 令和6年, 2024年12月17日.
特許 / Patents
特許出願件数 / Number of Patent Applications:0件
特許登録件数 / Number of Registered Patents:0件