【公開日:2025.06.10】【最終更新日:2025.05.21】
課題データ / Project Data
課題番号 / Project Issue Number
24NR0043
利用課題名 / Title
青色色素の有効利用
利用した実施機関 / Support Institute
奈良先端科学技術大学院大学 / NAIST
機関外・機関内の利用 / External or Internal Use
外部利用/External Use
技術領域 / Technology Area
【横断技術領域 / Cross-Technology Area】(主 / Main)物質・材料合成プロセス/Molecule & Material Synthesis(副 / Sub)計測・分析/Advanced Characterization
【重要技術領域 / Important Technology Area】(主 / Main)マルチマテリアル化技術・次世代高分子マテリアル/Multi-material technologies / Next-generation high-molecular materials(副 / Sub)マテリアルの高度循環のための技術/Advanced materials recycling technologies
キーワード / Keywords
法線力学療法薬,がん診断薬,質量分析/ Mass spectrometry, 質量分析/ Mass spectrometry
利用者と利用形態 / User and Support Type
利用者名(課題申請者)/ User Name (Project Applicant)
野元 昭宏
所属名 / Affiliation
福井工業高等専門学校物質工学科
共同利用者氏名 / Names of Collaborators in Other Institutes Than Hub and Spoke Institutes
ARIM実施機関支援担当者 / Names of Collaborators in The Hub and Spoke Institutes
西川 嘉子,山垣 美恵子
利用形態 / Support Type
(主 / Main)技術代行/Technology Substitution(副 / Sub)-
利用した主な設備 / Equipment Used in This Project
NR-503:LC/TOFMS飛行時間型質量分析計
NR-504:LC/TOFMS高分解能飛行時間型質量分析装置
NR-505:マトリックス支援レーザーイオン化飛行時間型質量分析計
NR-501:マトリックス支援レーザーイオン化Spiral飛行時間型質量分析計
NR-502:二重収束型質量分析計
報告書データ / Report
概要(目的・用途・実施内容)/ Abstract (Aim, Use Applications and Contents)
本研究は多くある化学色素の中でも、青色色素の合成と有効利用について検討を行っている。青色色素も多くの種類が存在するが、650-900 nm付近の光は、生物組織を透過しやすいことが知られており、この波長領域の光を利用すれば、生体内において光反応を誘起することができる。青色色素の一つであるポルフィリンは450 nm付近に強い光吸収帯を有するが、500-600 nm付近にも弱いながら吸収帯をもつ。これを利用するのが光線力学療法(PDT)である。光線力学療法は、組織表層を焼灼する一般的なレーザー治療とは異なり光照射によって活性酸素を生成し、がん組織などの減少に繋げるものである。
高齢化社会を迎える日本においてがん患者数は年々増加している。日本においてがんは死亡原因の一位となっており、腫瘍を切除した後にも再発する可能性があり、外科療法、放射線療法、化学療法、免疫療法などの様々な治療が展開されている。その中で、近年注目されている低侵襲ながん治療法としてPDTがある。主に生体透過性の高い波長を利用可能な光感受性物質を静脈注射し、一定時間経過後に内視鏡を挿入し光感受性物質が集積したがん部位にレーザー光を照射することでがん細胞を破壊するというものである。レーザー光を照射した際に進行する光化学反応を利用することから色素を用いることが多く、実用的にはポルフィリン関連化合物が用いられている(Figure 1)。
本研究では、バクテリオクロリン骨格を合成化学的に製造する手法について検討した。これまでの研究から、バクテリオクロリン誘導体が殺がん細胞に効果を有することは明らかにしているが、微量合成にとどまっている。種々の毒性試験やin vivo実験に供するためには、合成化学的に一定量の製法を確立することが避けられない。
そこで、入手しやすいポルフィリン誘導体からの合成化学的変換を行った。この合成は、分子骨格が非常に似ている化学合成であるため、NMRでの解析は難しく、UV-visスペクトル測定における吸収波長変化、および高分解能質量分析によって、生成物を確認することが可能である(Scheme 1)。
本実験では、炭素―炭素多重結合の還元に用いられるジイミドによる還元反応に注目した。この反応はヒドラジン誘導体などの前駆体から発生するジイミドの水素が六員環遷移状態をとりながら求電子的に多重結合にシン-付加することが知られている (Scheme 2)。この方法によりクロリン骨格を合成している例が報告されていることから、バクテリオクロリン合成への適用を検討した。目的化合物は、UV-visスペクトルにおける波長変化、および高分解能質量分析を行うことにより同定した。
実験 / Experimental
ARIM利用機器と測定条件:
・LC-TOFMS高分解能飛行時間型質量分析計 (JEOL AccuTOF LC-plus 4G
DART/ESI/CSI/APCI)
*イオン化法 ESI法(フローインジェクション法)
*ポジティブおよびネガテイブ測定
*移動相 MeOH
・マトリックス支援レーザーイオン化Spiral飛行時間型質量分析計 (JEOL JMS
S3000)
*イオン化法 MALDI法 ポジティブ測定
*マトリックス DCTB(20 mg/ml in CHCl3
)
*カチオン化剤 TFANa (1mg/ml in THF)
*試薬比率
マトリックス:サンプル=4:1
マトリックス:サンプル:カチオン 化剤=4:1:1
反応追跡と生成物単離:反応は別途合成したポルフィリン、ジイミド源としてのp-トルエンスルホニルヒドラジド、そして塩基をピリジン中で混合し、加熱撹拌することで行った。反応終了後、溶媒を減圧留去してから ジクロロメタンを展開溶媒としてショートカラムによる精製を行った。反応はUV-visスペクトル測定によって追跡し、750 nm付近のバクテリオクロリン誘導体の吸収ピークの上昇で確認した。ピーク上昇が上限になった時点で反応を停止した。溶媒を留去した後、ジクロロメタンとイソヘキサンの混合展開溶媒を用いてシリカゲルカラムクロマトグラフィーによる精製を行うことで紫色の固体が得られた。
この化合物をARIM(奈良先端大)での高分解能質量分析を行うことで、目的化合物の同定を行った。
結果と考察 / Results and Discussion
本反応はポルフィリン、p-トルエンスルホニルヒドラジド、塩基をピリジン中で混合し加熱撹拌するため沈殿物などの副生は避けられなかった。従って、反応終了後、溶媒を減圧留去してから
ジクロロメタンを展開溶媒として、まずショートカラムによる粗精製を行った。反応の進行はUV-visスペクトル測定によって、750 nm付近のバクテリオクロリン誘導体の吸収ピークが上昇することを確認しつつ進め、ピーク上昇がある程度一定になった時点を反応終了とした。溶媒を留去した後、ジクロロメタン:イソヘキサン = 1:1-3:2 の展開溶媒を用いてシリカゲルカラムクロマトグラフィーによる精製を行うことで紫色の固体が得られた。種々の反応条件検討を行い、目的のバクテリオクロリン誘導体と思われる化合物を得た(収量1.80 g、収率 21%)。
この化合物をARIM(奈良先端大)での高分解能質量分析を行うことで、目的化合物の同定を行った。
一般的な有機物では、生成物の確認は 1H-NMR が重要な情報を与える。しかし本実験での原料、生成物、副生物は構造が似ているため、生成の確定が可能なシフト値は限定される。またUV-visスペクトルは本実験では明確な吸収帯が観測されるが(Figure 2)、副生物の情報には乏しい。そこで質量分析が重要な手段となる。ただし、これも質量の差がわずか 2 や 4 といった値になるため、慎重な測定が必要となる(Figure 3)。
当初、溶液状態での測定を依頼していたが、化合物ではない結果が得られた。質量数にて2だけの違いであるため、測定誤差を疑っていたが、奈良先端大ARIM測定から化合物の劣化分解を見つけ出すことに成功した。奈良先端大ARIM技術員とのディスカッションから、この化合物について改めて紫外可視吸収スペクトルを測定したところ、750 nm付近のピークが消失し、空気酸化によると考えられる650 nm付近のピークが観測された(Figure 4)。またその際の提案に従い、測定直前に溶解させて測定した結果、目的物の正確な質量分析に成功した。熱的、酸化的な安定性については事前に検討していたものの、ある種の溶剤では酸化劣化が進む結果となった。
本化合物は、医療測定も並行して進めているが、今回の測定、実験の結果、空気中での逆反応が速く進むことが明らかとなり、保存には冷凍処理が必要であるとともに、溶解前においては2ー3ヵ月程度の保存が可能であることも明らかとなった。
本研究は、奈良先端大ARIM技術員の卓越した測定技術が化合物の劣化分解を明らかにしたことによって、続く細胞毒性実験に進むことが可能となった。
図・表・数式 / Figures, Tables and Equations
Figure 1. ポルフィリン関連化合物.
Figure 2. 本実験でのクロリンとバクテリオクロリンにおけるUV-vis.スペクトルの差.
Figure 3. 骨格による質量の変化.
Figure 4. 酸化分解したバクテリオクロリンのUV-vis.スペクトル測定による確認.
Scheme 1. 本研究での還元的変換.
Scheme 2. ジイミド還元の反応機構.
その他・特記事項(参考文献・謝辞等) / Remarks(References and Acknowledgements)
本研究は奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科の、西川嘉子技術職員、山垣美恵子技術補佐員の御協力により推進されました。深く御礼申し上げます。
また、奈良先端大ARIM事務職員皆さまの手厚いサポートにより、本研究は滞りなく遂行されました。併せて深く感謝申し上げます。
成果発表・成果利用 / Publication and Patents
論文・プロシーディング(DOIのあるもの) / DOI (Publication and Proceedings)
口頭発表、ポスター発表および、その他の論文 / Oral Presentations etc.
- 水野早季子、曽山 樹、櫻木 章、大石大祐、青木啓将、西江裕忠、野元昭宏、矢野重信、片岡望洋、青山峰芳「次世代光感受性物質による光線力学療法の抗腫瘍効果」日本病院薬剤師会東海ブロック・日本薬学会東海支部合同学術大会2024,2024年10月27日
- Makiko Sasaki, Mamoru Tanaka, Yuki Kojima, Akihito Nomoto, Ayako Shimmasu, Atsushi Narumi, Shigenobu Yano, Keiji Ozeki, Takaya Shimura, Eiji Kubota, Hiromi Kataoka, "Photodynamic therapy using metal-conjugated novel photosensitizer with the expectation of heavy atom effects", 第83回日本癌学会学術総会,2024年9月19日-21日
- 佐々木 槙子, 田中 守, 小島悠揮, 野元昭宏, 鳴海 敦, 矢野重信, 片岡洋望, "重原子効果を期待したマルトトリオース連結金属クロリンによる新規光線力学療法の開発", Laser Week V in Kyoto 2024,2024年11月9日-10日
特許 / Patents
特許出願件数 / Number of Patent Applications:1件
特許登録件数 / Number of Registered Patents:0件