利用報告書 / User's Reports

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【公開日:2024.07.25】【最終更新日:2024.04.02】

課題データ / Project Data

課題番号 / Project Issue Number

23MS1077

利用課題名 / Title

スピン依存的な光化学特性を示す開殻電子系の創製

利用した実施機関 / Support Institute

自然科学研究機構 分子科学研究所 / IMS

機関外・機関内の利用 / External or Internal Use

外部利用/External Use

技術領域 / Technology Area

【横断技術領域 / Cross-Technology Area】(主 / Main)物質・材料合成プロセス/Molecule & Material Synthesis(副 / Sub)計測・分析/Advanced Characterization

【重要技術領域 / Important Technology Area】(主 / Main)量子・電子制御により革新的な機能を発現するマテリアル/Materials using quantum and electronic control to perform innovative functions(副 / Sub)-

キーワード / Keywords

構造有機化学, π電子系, 安定ラジカル, 有機磁性体,スピン制御/ Spin control,フォトニクス/ Photonics


利用者と利用形態 / User and Support Type

利用者名(課題申請者)/ User Name (Project Applicant)

清水 大貴

所属名 / Affiliation

京都大学大学院工学研究科

共同利用者氏名 / Names of Collaborators in Other Institutes Than Hub and Spoke Institutes

山田 孟,藤本 雄大

ARIM実施機関支援担当者 / Names of Collaborators in The Hub and Spoke Institutes
利用形態 / Support Type

(主 / Main)機器利用/Equipment Utilization(副 / Sub)-


利用した主な設備 / Equipment Used in This Project

MS-215:電子スピン共鳴(EMX)
MS-223:熱分析(固体、粉末)


報告書データ / Report

概要(目的・用途・実施内容)/ Abstract (Aim, Use Applications and Contents)

 低次元スピン系では強い量子ゆらぎが現れ、古典的な描像からは予想できない特異な量子状態が導かれることから興味を持たれている。マクロに現れる量子磁性現象の例として、Haldaneは一次元反強磁性Heisenberg鎖について、スピンが半整数か整数かで励起ギャップの有無が異なることを予想した。これまで整数スピンHeisenberg鎖の研究には主にNi(II)などの金属錯体が用いられてきた。しかし、量子ゆらぎは金属の大きなスピン軌道相互作用によって容易に覆い隠されてしまうため、本質的にスピン軌道相互作用が小さな有機スピン系が低次元量子磁性研究のモデルとして理想的である。
 本研究では基底三重項(S = 1)となるVerdazyl–Nitroxideジラジカルが結晶中で1次元鎖を形成し、これまで3例しか知られていないS=1の有機Haldane系であることを示した。そして磁気ヒステリシスから磁気的長距離秩序の発現を確認し、さらにHaldaneギャップに由来する磁気プラトーの観測から有機物で初めてHaldaneギャップの存在を実験的に捉えることにも成功した。

実験 / Experimental

高スピン基底状態を持つ新しい安定なジラジカルとして、p-フェニレン架橋されたベルダジル―ニトロキシドジラジカル6を設計・合成した。6の合成をScheme 1に示す。

このようにして合成した化合物6に対して種々の測定を行った。

結果と考察 / Results and Discussion

凍結脱気したトルエン中で測定した6のESRスペクトルをFigure 1に示す。ジラジカル6はg = 2.0057にゼロ磁場分割によって分裂したスペクトルを示し、そのパラメータは|D/h| = 216 MHzおよび|E/h| = 16.1 MHzと求められた。スピン間距離は、点双極子近似によって6.2 Åと見積もられ、これはニトロキシドユニットの窒素原子とベルダジルユニットの6員環の重心との距離7.0 Åと相違なく、妥当な値である。

単結晶X線構造解析の結果をFigure 2に示す。結晶中で6のフェニレンリンカーとラジカルユニットは、ねじれ角4.9°(フェニレン/ベルダジル)と9.5°(フェニレン/ニトロキシド)の共平面構造をとり、有効に共役していると考えられる。また、6はパッキングによりface-on型の1次元鎖構造を形成し、N(verdazyl)...C(phenylene)間の最近接距離は3.056 Åで、これはファンデルワールス半径の和 (3.25 Å) よりも小さかった。

単結晶と同じ溶媒系から調製した6の微結晶サンプルについて磁気測定を行った。磁化率は2–150 K 付近温度とともに増加し、200 K を超えたところから徐々に減少した。これは弱い分子間反強磁性相互作用と強い分子内強磁性相互作用によるものと解釈できる。低温領域では、観測されたデータはS = 1種の1次元鎖(Bonner-Fisher)モデルによって再現された。200K以上の高温領域はBleaney-Bowersモデルでフィットした(Figure 3)。分子内(JF)および分子間(JAF)交換相互作用は、JF/kB = 190 KおよびJAF/kB = –2.7 Kと決定された。これらの値とESRスペクトルから求められたゼロ磁場分裂パラメータを用いると、Haldane gapは1.5 cm-1 (2.2 kB)と見積もられた。

化合物6M-H曲線は1.8 Kと2.5 Kで、飽和磁化が34 emu G/mol、残留磁化が22 emu G/mol、保磁力が70 Oeの、小さいが明確なヒステリシスを示していた(Figure 4)。飽和磁化は、S = 1種で予想される正味の磁化のわずか0.3%であり、残留磁化はTc = 3.4 Kで消失した。これらの挙動から、ヒステリシスはカント角0.2°の微小なスピンカントによるものであることが示唆される。中心対称な空間群Pbcaを考慮すると、この原因は反転中心のない結晶に見られる非対称な交換相互作用ではなく、スピン軌道相互作用に由来するDzyaloshinsky-Moriyaメカニズムによると考えられる。磁場の増加に伴い、磁化は一旦200 Oeでプラトーを示し、4000 Oe以上で増加し始めるが、これはcanted Néer秩序が破れ、励起状態に励起されたためと考えられる。4000 Oe での屈曲点は、励起状態へのエネルギーギャップの存在を示唆している。4000 Oeの臨界磁場は、温度が無視できる場合には0.37 cm-1 (0.54 kB) のHaldane gapに相当する。しかしこれは測定温度 (1.8 K) より明らかに小さく、そのギャップの絶対値をを決定することまではできなかった。

図・表・数式 / Figures, Tables and Equations


Scheme 1. ベルダジル―ニトロキシドジラジカル6の合成. Conditions: (a) 1.0 equiv. 1,N-diphenylhydrazinecarbohydrazide, CH2Cl2/EtOH, reflux, overnight, 40%, (b) 1.1 equiv. benzoquinone, THF, 60 °C, 3 h, (c) 12 M HCl aq., THF, rt, overnight, (d) 3.0 equiv. PbO2, THF, rt, overnight, 15% for three steps.



Figure 1. ジラジカル6のESRスペクトル (脱気トルエン中、0.5 mM、60 K)



Figure 2. 化合物6の結晶構造(左)および一次元鎖状パッキング構造(右)



Figure 3. 化合物6(微結晶サンプル)の磁化率の温度依存性



Figure 4. 1.8 Kで測定した化合物6M-H曲線(左)および残留磁化の温度依存性(右)


その他・特記事項(参考文献・謝辞等) / Remarks(References and Acknowledgements)

謝辞
装置の利用にあたり分子科学研究所 機器センターの藤原 基靖様、伊木 志成子様、宮島 瑞樹様に大変お世話になりました。この場を借りて感謝申し上げます。

受賞等
第 36 回 有機合成化学協会 三菱ケミカル 研究企画賞


成果発表・成果利用 / Publication and Patents

論文・プロシーディング(DOIのあるもの) / DOI (Publication and Proceedings)
  1. Hodaka Hamamoto, Verdazyl–Nitroxide Diradical with S = 1 Ground State: Observation of Long-Range Ordering and Haldane Gap in a Highly Isotropic S = 1 Antiferromagnetic Heisenberg Chain, The Journal of Physical Chemistry C, 127, 21822-21828(2023).
    DOI: 10.1021/acs.jpcc.3c05584
口頭発表、ポスター発表および、その他の論文 / Oral Presentations etc.
  1. (1) 清水 大貴,「有機ジラジカルが示す多様な光学特性」, 2023 年 光化学若手の会
  2. (2) Daiki Shimizu “Optically distinguishable electronic spin isomers based on a stable organic diradical” The 15th International Kyoto Symposium on New Aspects of Organic Chemistry (IKCOC-15).
特許 / Patents

特許出願件数 / Number of Patent Applications:0件
特許登録件数 / Number of Registered Patents:0件

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