【公開日:2025.06.10】【最終更新日:2025.04.17】
課題データ / Project Data
課題番号 / Project Issue Number
24MS1042
利用課題名 / Title
圧電性を有する配位高分子磁性錯体の合成と磁気的性質
利用した実施機関 / Support Institute
自然科学研究機構 分子科学研究所 / IMS
機関外・機関内の利用 / External or Internal Use
外部利用/External Use
技術領域 / Technology Area
【横断技術領域 / Cross-Technology Area】(主 / Main)物質・材料合成プロセス/Molecule & Material Synthesis(副 / Sub)計測・分析/Advanced Characterization
【重要技術領域 / Important Technology Area】(主 / Main)量子・電子制御により革新的な機能を発現するマテリアル/Materials using quantum and electronic control to perform innovative functions(副 / Sub)高度なデバイス機能の発現を可能とするマテリアル/Materials allowing high-level device functions to be performed
キーワード / Keywords
圧電性, 配位高分子錯体, 磁気的性質, 結晶構造,X線回折/ X-ray diffraction
利用者と利用形態 / User and Support Type
利用者名(課題申請者)/ User Name (Project Applicant)
藤田 渉
所属名 / Affiliation
東京海洋大学学術研究院海洋電子機械工学部門
共同利用者氏名 / Names of Collaborators in Other Institutes Than Hub and Spoke Institutes
中山 凌,松本 隆一
ARIM実施機関支援担当者 / Names of Collaborators in The Hub and Spoke Institutes
利用形態 / Support Type
(主 / Main)機器利用/Equipment Utilization(副 / Sub)-
利用した主な設備 / Equipment Used in This Project
MS-206:単結晶X線回折(CCD-2)
MS-210:オペランド多目的X線回析
MS-219:SQUID(MPMS-XL7)
報告書データ / Report
概要(目的・用途・実施内容)/ Abstract (Aim, Use Applications and Contents)
圧電性とは、物質に電圧を印加するとその形状が変化したり、圧力を加えると物質の表面電荷量が変化する現象である[1]。圧電性の原因は、印加電場や圧力により物質内のイオンが変位することによる。通常の結晶への電圧印加によるイオンの変位は極めて小さく、ほぼ観測は不可能であるが、圧電性物質の場合、観測が可能なほどの変化が現れる場合がある。 先行研究により、遷移金属イオンと対称中心のない配位子とを組み合わせると圧電性を有する配位高分子錯体を得ることができる[2]。一般に、物質の磁気的性質は、磁性体を構成している磁性イオン間を架橋する原子の配列に依存する。このため、圧電性のある磁性体では、電圧印加を行うことで、磁性イオン間の磁気的相互作用が変わることが期待される。本研究では、圧電現象と磁性現象とを組み合わせて、新しいタイプの配位高分子磁性錯体の開発を目指すべく、不斉炭素原子を有する乳酸HOC*H(CH3)COOH(図1)と銅イオンとを組み合わせて、圧電性を有する配位高分子錯体[Cu(L-HOCH(CH3)COOH)2] (L)ならびに[Cu(D-HOCH(CH3)COOH)2] (D)の合成、結晶構造解析、ならびに磁気測定を行った。
実験 / Experimental
サンプルLおよびDの調製は弊学実験室にて、図2に示すH型ガラスセルを用いて拡散法により行った。H型セルの一端にL-またはD-乳酸を、もう一方の端に酢酸銅一水和物を入れ、できるだけ試薬が混ざらないように慎重にアセトニトリルを入れた。室温で1ヶ月以上放置したところ、図2のようにH型セルのガラス壁面に0.1 mm程度の単結晶が生成した。Lは弊学の単結晶構造解析装置を用いて、150 Kにて構造解析を行った。Dは弊学の装置では明確な回折像が得られなかったが、単結晶構造解析装置(MS-206)を利用し、150 Kでの構造解析に成功した。磁気測定用試料は粉末X線回折装置(MS-210)を用いて不純物の混入の有無を確認した。サンプルLおよびDの磁気測定はSQUID(MS-219)を用いた。
結果と考察 / Results and Discussion
図3にL とDの錯体分子ユニットの原子配列を示す。カルボキシ基の1つの酸素原子と、水酸基の酸素原子とで銅イオンに配位することで、キレート分子を形成していた。分子内の2つのキレート環平面はほぼ直交するような配置を取っていた。図3に示したとおり、LとDの錯体分子ユニットは鏡面対称の関係であった。図4にLの原子配列を示す。錯体分子ユニットの銅イオンは、となりの錯体分子のカルボキシ基の2つの酸素原子と配位結合することで、a軸方向に一次元配位高分子構造を形成していた。銅イオンは歪んだ四角錐内、あるいは歪んだ八面体内に位置していた。DもLと同様の一次元配位高分子構造を形成し、LとDは鏡像関係であった。一次元配位高分子内では錯体分子ユニットの銅イオンはカルボキシ基の酸素原子を介してCu–O–Cu–O–•••からなる架橋結合が存在しており、この経路を介して超交換相互作用が働くことにより、一次元磁気ネットワークが形成されていると考えられる。LとDが一次元配位高分子構造を形成しているのに対して、先行研究で報告されているDL-乳酸銅は本研究とは異なる二次元配位高分子構造を形成していた。L乳酸とD乳酸とが共存している場合、二次元配位高分子構造を取るものと考えられる。 図5はLとDの常磁性磁化率の温度依存性である。縦軸は常磁性磁化率と温度との積、横軸は温度である。LとDのχpT値は300 K付近ではそれぞれ0.474 emu K mol–1ならびに0.486 emu K mol–1であり、Cu2+(S = 1/2)に典型的な値であった。χpT値は温度の減少とともに緩やかな増加を示したことから、銅イオン間には強磁性的相互作用が優勢に働いていると考えられる。S = 1/2一次元Heisenberg強磁性モデルで解析したところ、Lでは磁気的相互作用の大きさはJ/2kB = 5.65 K、D ではJ/2kB = 8.94 Kであり、若干の差が生じた。その原因として、原料として用いた乳酸に不純物が含まれるためと考えられる。市販の乳酸の純度は一般に90%前後であり、水や乳酸オリゴマーなどが含まれている。また、乳酸は高純度に精製しても縮重合反応を起こすため、時間が経つと乳酸オリゴマーや水が生成する。これらの不純物、特に水が存在することで、乳酸銅水和物が生じ、磁性不純物としてサンプル内に混入するものと考えている。今後、乳酸銅水和物の同定と純度の高いサンプルを用いて再測定する必要がある。 以上により、圧電性を示す可能性のある配位高分子磁性錯体の合成と構造解析に成功した。現時点では、結晶サイズがあまりにも小さいため、得られた結晶の表面への電極を取り付けを行うことが技術的に難しい。電極を貼り付けるためには、少なくとも1 mm角以上の単結晶が必要であり、大きな結晶の育成が今後の課題である。大きな単結晶の作製に成功した場合、つぎの手続きとしてはどの結晶面に電極を付けるか、結晶がどのように歪むのかを検証する必要がある。サンプルの純度の問題も含めて、本研究を遂行するにはまだ、いくつもの課題がある。
図・表・数式 / Figures, Tables and Equations
図1.乳酸の分子構造.
図2.H型セルを用いた 乳酸銅の合成図2.H型セルを用いた乳酸銅の合成.
図3.LならびにD の錯体分子ユニットの原子配列.
図4.Lにおける一次元配位高分子構造のモデル図.
図5.LならびにD の常磁性磁化率の温度依存性.
表1.乳酸銅の結晶データ.
その他・特記事項(参考文献・謝辞等) / Remarks(References and Acknowledgements)
参考文献
[1]中村輝太郎編著 強誘電体と構造相転移 裳華房.
[2] Z.-B. Ke, X.-H. Fan, Y.-Y. Di, F.-Y. Chen, L.-J.
Zhang, K. Yang, B. Li, J. Mol. Str. 2022, 1252,
132145.
成果発表・成果利用 / Publication and Patents
論文・プロシーディング(DOIのあるもの) / DOI (Publication and Proceedings)
口頭発表、ポスター発表および、その他の論文 / Oral Presentations etc.
特許 / Patents
特許出願件数 / Number of Patent Applications:0件
特許登録件数 / Number of Registered Patents:0件